SUPER GT

964型(1989年-1993年)と993型(1993年-1997年)

チューニングカー用ブレーキ部品製造販売では国内最大手である。1986年に設立され、設立直後に国内レースでのブレーキ部品のシェア70 %を超える。1987年に株式会社となる。その後1994年、ZEALブランドが設立され、サスペンションやマフラーの製造も行われる。エンドレスグループ企業のひとつであり、自動車部品の販売・卸売を行っている。別会社として株式会社エンドレス・プロジェクト があり、こちらでは自動車部品の製造開発を行っている。



メーカー純正では珍しい右Aピラー部マウントのブースト計・油圧計や運転席中央部にポップアップ式5.8インチ液晶モニターをオプションで採用する。また、エアロ系グレードには「インテリアパッケージ」と言うオプションが選択可能で選択するとフロントシートとドアトリムが専用のオレンジのスェード調クロス地となる。S15系はスタイル、ボディサイズ、走行性能などにおいて好評で、S14型系が比較的不評だったのに対し一定の人気を回復した。販売は日産レッドステージで行われた。また、S15型系登場に合わせて、S14型系の販売不振により想定外の長寿モデルとなった180SXが生産終了、モデル廃止された。



まず、ドライバーシートがセンターに置かれ、その左右に若干後退して助手席が配置される、市販車としては類を見ない独創的な3人乗りになっている。これは、運転手1人だけが乗車していることと仮定して、運転席を中央に配置することにより、左右どちらかに重量が偏るのを防ぐことが挙げられる。さらに左右のホイールハウスによるスペース上の干渉が避けられる為、ペダルの配列の自由度が向上するメリットもある。そういった配慮はシート配置だけではなく、エンジンなどの重量物は勿論のこと、トランクルームでさえも、運動性能向上のためには望ましい、ホイールベースの内側に入れてしまう徹底振りである。ただし、スペアタイヤはスペースの都合上搭載出来なかったようで、省略されている。またフロントバルクヘッドにステアリングギアボックスのケーシングを一体成形で設けているという点も特筆される。ボディはF1マシン譲りのカーボンファイバーコンポジット材で成型された軽量モノコックボディで、40以上のピースを接着剤で貼りつける構造を持ち、フロアにはアルミハニカムをカーボンファイバー材で挟み込んだ高剛性素材が使用されている。徹底的に金属素材の使用を排除していった結果、モノコックボディ単体で180kg、エンジンなどを含めた総重量で1、140kgと、驚異的な軽さに仕上がっている。 ちなみに、このカーボンファイバーの焼成に使用されたオートクレーブは、マクラーレンカーズの本社から少し離れたウォーキングにある施設で製作されるが、元々この施設はジョン・バーナードが機材ごと売却したフェラーリF1のコンポジットファクトリーである。エンジンルーム内側は遮熱のために金箔が貼り付けられ、エギゾーストパイプ及びマフラーはインコネル製、その上ウィンドウウォシャー液タンクの蓋までもチタン合金の削り出しと、高価な素材が本当に惜しげもなく使用されている所もこれまでのクルマ造りの観点から見ると異彩を放っている。しかし金箔による遮熱という手法はレーシングカーでは割とよく行われており、エギゾーストパイプも追突事故の際は衝撃吸収材として機能する配置にされるなど、実績のあるものを適材適所で妥協なく使用する手法を取りつつ、それらをロードユースにも適合させるという極めて困難と思われる課題も非常に高いレベルで実現している。



2度のチャンピオン以来再び獲得出来ていない。2006年から 2009年までの4年間は、苦戦している。全日本GT選手権・SUPER GT、スーパー耐久などのハコレース中心に活躍するドライバー。スーパー耐久で6回シリーズチャンピオンを獲得しているほか、全日本GT選手権でも2001年に立川祐路とのコンビでチャンピオンとなるなど、腕は確か。2004年より自らのチームであるTEAM TAKEUCHIを発足させている。2007年には、スーパー耐久でシリーズチャンピオンを獲得した時のマシンメンテを行なっていたシフトを受け継ぎ、株式会社シフトを立ち上げ代表取締役に就任した。



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